”EXCITING”-Marc Sadane-

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”EXCITING”-Marc Sadane-


デザイン科に通っていた頃。毎週、出される課題の一つに「この世界のどこにも存在しない何かを描く」というものがありました。こういう無理難題の課題って大体裏があって、その意図が何なのかを理解するかどうかで評価が決まるじゃないですか。

そもそも、この世に存在しないものを想像する事って無理だし、逆に言えば、想像できるものは既にこの世にあるものなわけで。いや、もしかしたら、そういう事が出来る人が、エジソンだったり、ジョブズだったりするのかも知れませんが。

僕にはそんな人類の営みを変えてしまうような頭はないわけで、はて、これどうしたものかと一週間悩んだわけです。この世にないものだから、果物や動物はありえない。アメーバや菌なんかもすでにある。ともすれば、目に見えないガスや、気体の何かか?いやいや、それだって存在している。ならば霊的な何かか?そんなものは描けない。だって見たことないもの。

ん?

それが正解か?

意識や意志はこの世界に絶対的に存在しながら存在しないもの。はてはて、これをどう表現したものか。という事で、提出前日深夜、鼻っ面と上唇の間にポスカを挟んで、ネタが浮かばない
漫画家のような恰好で、悩みながら描いたのが、「人間」でした。

ダビンチの「ウィトゥルウィウス的人間」のような感じの絵。もちろん、あんな崇高なものではありませんが。

で、真夜中にそんな絵を描いて、翌日提出したら、先生にこれが意図するものは何だときかれるわけです。

それは先生が感じ取って下さいと言いましたら、何とも苦々しい顔をしていました。

まぁ…評価は0点でしたけどね。

という事で、何が言いたいかというと、絵や音楽等には、必ずタイトルが付くわけで、タイトルがあるからこそ、なにが伝えたいのか分かり易くなります。

このアルバムのタイトルは「EXCITING」

この爽やかな笑顔から始まるエキサイトを想像するだけで、ワクワクが止まりません。


ダイナミックオーディオ5555 4F・天野 洋介

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”Atom heart mother”-Pink Floyd-

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”Atom heart mother”-Pink Floyd-


我々は直接吸収することのできない植物や大地や太陽のエネルギーを、この生物の体内で栄養価の高い分泌液に変換させて摂取する。

牛の写真一発で、人間の営みはそもそもシュールだ、と思わせてしまうヒプノシスのデザイン。


ダイナミックオーディオ企画室・佐藤 泰地

”Amputechture”-The Mars Volta-

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”Amputechture”-The Mars Volta-

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奇妙な絵である。瞬間、どのような感情でこれを迎え入れればいいのか分からなくなる。

Jeff Jordanによって描かれた【Big Mutant(巨大変種)】という作品を2分割したもので、正体不明の巨大な頭部を抱えた男たちは、別に愉快でもなんでもない、という顔をしている。

極めて不安なものが日常に紛れているようなこの感覚は 逆柱いみり の作品にも通じるところがある。おぞましい異形や不快感の表現をみて、何故か心が活性化するような気持ちになるのは、常々この現実や日常は(どこかがおかしいぞ)と感じているからかもしれない。

慣れ親しんだ日常のなかに確かに潜んでいる異様なもの、理解しがたさ、それらに例えば怪奇や妖怪として名前や形を与えて浮き立たせることは、我々自身の持っている自浄作用であるかのようだ。


ダイナミックオーディオ企画室・佐藤 泰地

”You’re Dead!”-Flying Lotus-

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”You’re Dead!”-Flying Lotus-

WARPLP256


「地下二階まである」といったのは村上春樹。

創作における自己の魂へのアプローチのことを言っていると思われる。地下一階にあるものは、現実とは明らかに異なり、夢のようではあるものの、日常の道徳性を維持しており、比較的理解しやすい領域。”まとも”な人ならば、ここで一旦立ち止まる。

ところが、地下二階では、限りなく神聖で素晴らしいものと、多くの人々にとって目を覆いたくなるような凶暴性や凶悪さが、全く区別なく剥き出しになっていて、そこから帰ってこれなくなってしまう人もいるという。

Flying Lotus 本人の指名によってこのアルバムのアートワークを手がけた日本の漫画家 駕籠真太郎もまた地下二階からの生還者であるように感じられる。

Flying LotusことSteven EllisonがJohn Coltraneの甥であることは有名だが、観る者に拒絶反応を与えかねないこのジャケットに、構図が似ているColtrane’s Soundの得体の知れないグロテスクを自然と連想してしまう。

悪酔いしてもいいから意識を失うまで強い酒を求める人というのはなぜだか共感してしまう。


ダイナミックオーディオ企画室・佐藤 泰地

”Tchaikovsky Symphony No6 h-moll op.74”-Jewgenij Mrawinskij-

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”Tchaikovsky Symphony No6 h-moll op.74”-Jewgenij Mrawinskij-

SLPM 138659


グラモフォンのジャケットは上部にある紋章のような見出しが音楽を聴く前からすでに威厳を放っている。

チャイコフスキー交響曲6番「悲愴」を1枚だけで持っている。それは前からどうしても欲しかったLPだった。
もちろん不思議な濃い紫がペイントされた一番初めのジャケットで。

中古JAZZレコード店で店主が「こんなのはお好きですか?」と段ボール箱から出してくれた時、「ついに俺の処に来たな」と小さく呟いた。
店主はJAZZはもちろんの事、実はそれ以上にクラシック音楽とLPに関しての知識が半端ではなかったのです。
沢山投資もしたが、その分情報と欲しかったLPも手に入れる事が出来たのはありがたいもんです。

時は1960年、ムラビンスキー率いるレニングラードフィルはウィーンとロンドンで演奏活動を行っていた時の録音。
ムラビンスキー57歳、年齢、経験、精神力が最も充実していたことはこの演奏を聴けば一目瞭然であろう。彼が望むもの全てを1938年から主席指揮者を務めるレニングラードフィルが厳しさを持って見事に表現している。

毎回LPの1本の細い溝から音楽が現れる事を不思議だと思うのだが、このLPが上手く再生された時は有難く、感謝の気持ちと共に祈りすら覚える。

シベリアの大地を吹くブリザードのような弦楽合奏は、厳しくも生命力を感じる力強さ、内声部の管楽器群は色彩感を持ってコントラスト鮮やかにし、そして最上段に構えたブラスと金管楽器セクションは豪放と共に空気を炸裂させ弦楽器群をぐっと抑え込むようにして音に感情を注ぎ込むのです。

大ロシアの力を見せつけるような堂々として威厳に満ちたチャイコフスキーの交響曲No6。

このアルバムを聴くと音楽を記録する技術はこの時でもう既に完成してしまっていたのではないかとよく考えます。たとえ技術がどんなに進歩をしても音楽や演奏の密度が、表現が、深く豊かでなければ音楽は技術という枠の中から溢れ出る事は無いでしょう。

録音という技術なくして私たちは音楽をAUDIOで聴くことはできません。
この空前の演奏がもたらした”音楽とも音ともとれる響き”は当時最高の技術の枠を遥かに超え溢れるように私たちに響いてくるのです。

全4楽章どれもが素晴らしい。私はよくB面を通して聴きます。
3楽章の金管楽器ブラスセクションとティンパニーの乱舞。4楽章における弦楽器群による響きの陰影の濃さを聴けば黙って感情が高ぶります。

LP、たかが1本の溝、されど1本の溝。ありがたくも永遠のロマンが刻まれています。


ダイナミックオーディオ・トレードセンター店長・厚木 繁伸

”Lem Winchester with Feeling”-Lem Winchester-

レム

”Lem Winchester with Feeling”-Lem Winchester-

Moodsville 11


 

休日、自宅で音楽を聴いていてふと肩の力を抜きたくなる時や、深夜大きな音では聴けない時によくターンテーブルに乗るLPがある。
紫の下地にウインチェスターのリラックスした横顔がアップで映し出されたジャケット写真は音楽を聴く前から気持ちが和みます。

このLPは1985年、お客様宅にトーレンスTD150+オルトフォンRMG212(旧)をお届けした時に動作確認で聴くことができたのです。
お客様は神田神保町にある中古レコード店「トニー」で働いていたN様。

JBL L77,JBL SA600,そしてお届けしたレコードプレイヤーに取り付けるカートリッジはオルトフォンSPU-GT。枯山水のようなその組み合わせにはオーナーの思いがしっかりと存在していた。

ビブラフォンとピアノトリオの編成はMJQと同じであるが、音楽の性格は常にリラックス感を漂わし歌心溢れる演奏が満喫できる。
演奏曲は「But Beautiful」「Skylark」「My Romance」などスタンダード曲が中心なのも聴き手に安心感を与えてくれると思います。
N様に「良いレコードを知っていますね」と話し掛けると「はい。私の隠れ名盤です」とすぐに答えてくれました。

願っていれば、いつかは手元にやってくる。

LEMのビブラフォンサウンドがDD44000WXの反射板を介して玉を転がすように私に届いてくる。その響きはしっかりと芯が有りながら、私に届くまでには優しく変化をしている。
もちろん音量を大きくはしない。そして鳴り方を気にしたりもしない。ひたすら解放される音の響きに耳を傾けるだけだ。
誰かが出しゃばったり、誰かがグイグイと演奏を引っ張るでもなく、4人が一つの楽器のように音楽を奏でている、と聴こえる。

片面を聴き終わるころにはまた新たにテンションの高い音楽を探している自分がいるのです。

いったい私はこのようにして、いくつの音楽と出会ってきたであろうか。
一人だけで音楽とAUDIOを楽しんでいたなら今の10分の1位の音楽にも出会えていなかったと思うのです。
このようにして出会ってきた音楽の体験と経験を、お店でご来店くださいましたお客様にお伝えしたいと頑張ってきました。

お伺いをした時、N氏レコードラックには50枚程のレコードしか無かった。
私が「これだけですか」と尋ねると、N氏は「これで十分です」

ここに至るまで、N氏はいったいどれほどレコード聴いてきたのであろうか。


ダイナミックオーディオ・トレードセンター店長・厚木 繁伸

”Sessions Live 1957/58”-Count Basie,Joe Williams and Art Blakey-

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”Sessions Live 1957/58”-Count Basie,Joe Williams and Art Blakey-

Calliope CAL 3008


1990年だっただろうか季節は2月。寒風の吹く中、私は初めて一ノ関の駅に立っていた。
雪景色の町の眩しさのせいかBAISEの2枚のドアを開けて中に入ると、暗闇でよく見えない店内に戸惑ったことを今でも新鮮な気持ちで思い出せます。

店内には若干の人影が。席に着きコーヒーをお願いした。
初めての体験、そして緊張のせいかその時再生された曲のほとんどを覚えていないのが何とも恥ずかしい限り。
時間にして3時間ぐらいであろうか、その間マスターは一体何枚のLPジャケットを壁に掛け、そして外しただろう。
その度に私もチラッと確認をするのだが、ふとマスターと目が合っても「話しかけるな」といった視線を私は勝手に感じていたのです。
かしこまりながらもだんだんと店の暗さにも慣れJBLのSYSTEMからあふれ出るサウンドが体に浸透してくるのが分かってくる。
あとはじっとCount BasieのLPが再生されるのを待つだけだった。

そして、とうとうこのアルバムがLP12にセットされたのです。
もちろんSIDE1のBASIEの面だ、いきなり「Whirly Bird」がJBLSYSTEMから飛び出してきた時、私に音楽の魔法がかかったのです。
1958年録音、私の生まれる1年前の音楽だ。音源は放送用のもので、曲間に拍手がはいる。
「Cute」ではドラムのソニー・ペインが本当にそこにいるのではないかと思えるほどリアルな楽器のサウンドだ。特にスネアが!!
2曲のジョー・ウィリアムスのボーカルが参加した曲はこれぞダンスバンドといったノリに(オレは座っていていいのか?)と自問自答。
そして「BeBop Blues」は音の閃光、サックスセクションの響きはソフトで厚みがあり、そこにジョー・ニューマンのハイノートトランペットサウンドが切り込んでくる。
ソニー・ペインのドラムは全力で走りながらも重さと中心軸を外さず、すべての管楽器メンバーをビートとリズムの波に乗せるのです。心の中で楽しさと謎が入れ替わる。
そして最後はもちろん「One O’ Clock Jump」。メンバーの、この音楽を聴いている全ての人々に楽しんでもらいたい、という思いが伝わる演奏だ。

聴き終わった時の私の満足感といったら幸せの極致だったかもしれない。
目の前で本当に演奏が行われていると感じる興奮、BASIEはこんなに凄いのかと分かった喜び。もちろんマスターに感謝。

洒落毛のないジャケットには大きくSESSIONSの文字とシンバルの写真があるだけだけど、私の目に消えることなくサウンドともに焼き付きました。

心の中で「いつか手に入れてやる」と呟いた。

帰り道。とても寒い空気に骨まで震えたが、心は希望に満ちていた。「あそこまで鳴らせるんだ」。
この時まだ、私はこのLPを手に入れてからの苦しみを知らない。


ダイナミックオーディオ・トレードセンター店長・厚木 繁伸